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やまわら




小学4年か、5年の夏休みだったと思う。

両親の仲がうまくいかなくなり、
色々あって、半月あまり父親の実家に預けられた。

祖父も祖母も優しくしてくれたので
寂しくはなかった。

特に祖父は、
釣りの好きなオレを気に入ってくれていた。
(どうもオレの父親は、釣りが好きじゃなかったらしい)

今日は朝方○×の港、
明日は夕方△□の磯、
そんな感じで色々な釣り場で釣りの秘訣を教えてくれた。

「アキ(←オレ)はなかなか筋が良いわ、
タケ(←父)は全然駄目だったがな・・・」

そう言って笑う祖父の顔を見ると、
オレも嬉しくなる。

自分でも色々工夫するし、
自然に釣りが上手くなった。

そんなある日、
祖父と一緒に夜釣りに出かけた。

何度か連れて行ってもらった場所だから
勝手は知ってる。

さっさと支度して仕掛けを投げこみ、
クーラーボックスに2人並んで座り、
祖母が作ってくれたおにぎりを食べていた。

満月から少し欠けた月が明るくて、
風が涼しい。

「明る過ぎる、今夜は難しいかなぁ」

と祖父は言ったが、
ひっきりなしにアタリがあって、
大きなアナゴ、チヌ、それから外道ででかいノコギリガザミ。

2個目のおにぎりを食えないほど
忙しい釣りになった。

しかし、9時を過ぎた頃、
急にアタリが止まった。

それに何となく変なニオイがして、
気分が悪い。

「じいじ、何か変なニオイがしない?」

と聞くと、祖父は

「アキ、これから俺が良いと言うまで絶対喋るなよ。
それと、誰に何て言われても絶対振り向くなよ」

と言う。

そして、小さい声で念を押す。

「良いか、絶対だぞ」

俺が小さくうなずくと、
背後から足音が聞こえてきた。

それはどうやら草むらをかき分けて近づいてくる。

足音が近づいてくるにつれ、
嫌なニオイが強くなった。

「よう、良く釣れてるな」

嗄れた声が響いた。

風邪をひいた子供のような変な声。

「わしと組んだらもっともっと釣れるぞ、
どうだ?」

祖父は声が聞こえていないように
黙って海を見ている。

とても怖かったが、
オレも黙って海を見ていた。

「あれ、こいつは何だ?」

声がオレの背後から聞こえた。

ブタが鼻を鳴らすような音がして、
気配が更に近づく。

ニオイがすごくて吐きそうだが、
両手を握り何とか耐える。

「まだ小さいが、良い手じゃのぉ。
なぁ、わしと組まんか?」

声はもう、
オレの右耳のすぐ後から聞こえてくる。

今にも肩に手をかけられるような気がして
体が硬くなる。

怖くて怖くて泣きそうだったが、
必死で黙っていたら、
祖父が釣り具箱の中から煙草を取り出し、
火を点けた。

そして大げさに、
ふーっ、ふーっと煙を吐くと、
その声が

「ん~・・・げごご・・・ごっ!」

と言ったきり、
背後の気配が急にパタリと消えてしまった。

祖父が

「アキ、もう良いぞ」

と言うので恐る恐る振り向いたが、
何もいない。

ニオイも全然しない。

「あれはな、やまあら(やまわら?)だ。
あれの姿を見ると魅入られる。
あれと一緒に行くと魚は沢山釣れるそうだが、
一度魅入られると逃げられない。
毎晩毎晩、それこそ死ぬまで、
釣りに連れ出されるそうだ」

「妖怪とか精霊みたいなもの?」

と聞くと、

「まぁ、そんなもんだ。
魔除けに持ってて良かったが、
煙草なんぞ吸ったから気分が悪い。
もう帰ろう。」

と言う。

海岸線に停めた軽トラに向かって
細い道を歩いていると、
祖父は

「前にあの声を聞いたのはいつだったかな・・・
タケが中学生・・・
もう30年も前になるか」

と呟いた。

そして、

「まだあんなものがこの世にいるとは思わなかった。
アキは運が良かっ・・・いや、あれ、怖かったか?」

と言う。

「うん、怖かった。とっても怖かった」

とオレが答えると、
祖父は

「じゃ、もう釣りは嫌か?」

と心配そうに聞く。

今思うと不思議だが、
怖くて釣りを止めようとは思わなかったから、

「嫌じゃないよ。
あんなの滅多に出ないでしょ?」

と答えると、
祖父は

「そうか、アキは強いな」

と笑って、
オレの頭を撫でた。

「でもな、釣りにしろ何にしろ、
海は怖い所だ。
それを忘れると、
海で命を落とすことになるんだぞ」

そう言った時、
月に照らされていた祖父の真面目な横顔。

今でも1人で夜釣りをしていると
時々思い出すよ。

祖父が肝臓癌で亡くなったのは、
もう8年も前のことだが。


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